「ほっ」と。キャンペーン
39アート in 弘前、密着報告!
3月9日 39(サンキュー)アート。
全国的な、アートのイベントが開かれる日らしい。
39アート。
この日、『AtoZ展』開催地の弘前では
奈良美智+grafがこの夏、
これまでの小屋作品全てを結集させる
吉井酒造煉瓦倉庫で。
制作が始まったばかりの生の現場が見られるという
幸運に預かった。参加者は27名。
まだ春の雪が残る弘前。倉庫の中は格別冷える。
暖かいヤッケに身をくるんだ小さな子供も
今日の参加者。
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弘前には色んな噂が飛び交っている。

「弘前にgrafが来るんだって!」
「いやもう、来てるんだって!」
「奈良さんも来るらしいよ?」
「世界中から今までに作られた小屋達が集まって来てるんだって!」

それって本当?

39アートに参加してみてわかりました。
全部本当でしたっっ!!
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倉庫の中では資材を搬入するgrafの姿が……!
黙々となんだか楽しげに運んでいく。
格好いい。
突然、奈良さんが来て言った。
「豊嶋君、デジカメ持ってる? 搬入するとこが格好いいから……。」
(デジカメ? ハッ……。私、持ってる!)
「とと、撮ってきていいですか!?」
慌てて走る私。「うおー!」
つうか、奈良さんにカメラ渡せば良かったのか!?
途中でカメラマンの『世界の長谷川』(個人名)を見つけ、頼む。
「搬入するとこ格好いいからすぐ撮って!!」
動揺する世界の長谷川。
「お…おう!」
しかし、瞬時に写真を撮ってしまう世界の長谷川。
さすがプロね。
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そうこうするうち、倉庫の中に27人全員集合。
奈良さんから、まず一言。
「とにかく、今日目に留めておいて欲しいのは、
今の状態。すごいこう、混沌とした状態。…色んな材料が積まれてたりするんだけど。

それがどんな風に変わるのか、楽しみにしておいてくれたらいいなあ…と。」

豊嶋さん
「まさにそういうことだと思うんですけど……
ここの煉瓦倉庫自体が、すごく。強くもあり、優しくもあり。
ここに入ること自体、展覧会以外では、
あまりないことだと思うので。
空間。世界を知ってもらえたらいいなって。
AtoZの時に今日観てないと実は、わからないというか。
僕らの展覧会でいつも勘違いされるのは、
小屋を建ててていつも、それ(小屋)が元から
そこにあると思われてたりするけど…、
何もなかったところに、街ができるのさっていうのを
今日体験してもらえると思う。」


「…貴重な体験!」
奈良さんが、照れながら言った。
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倉庫の「白い部屋」で、
参加者全員でAtoZへの道のりが記されたフィルムを見る。
高い天井。窓の高い位置から細く光が差し込み、
まるで礼拝堂みたい。

白い壁に映し出された映像には、
初めて煉瓦倉庫を訪れた時の、奈良さんの姿が映っていた。
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倉庫を見上げた顔が本当に、「わあ…っ」っていう
言葉にならないものを感じていて。
ここから全てが始まったんだなと思う。
2002年の『I DON'T MIND,IF YOU FORGET ME.』から、
grafとの出会い。
サンダーの音。廃材からつくられる小屋。
流れるロック。
   地図には載っていない架空の街。
フィルムの中で奈良さんは、
AtoZへの気構えをこう語っていた。
「忘れちゃいけないのは、自分を見失わないこと。
自分が、自分たちがやりたくて、やってることだから。」

ふと、奥の部屋を見るとサンダーの細かい木の粉に埋もれた
ラジカセがある。
カンナ、ヤスリ、ドリル、梯、クギヌキ。
時折grafの人達がすごく大きな資材を持ち上げて
横を通り過ぎていく。広い広い倉庫の中、
一つ一つを手で運ぶ人達。

「自分たちがやりたくてやってることだから」

彼らは本当に夢を叶えるための、
強い何かを持っている。

上映の後、奥に拡がる「黒い部屋」を、
なんと。grafの豊嶋さんの案内で
紹介してもらう。
なんという幸運!
黒い部屋には世界中から海を渡って運ばれてきた
小屋の廃材達が積まれていた。
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豊嶋さんが広い倉庫の中を歩きながら、
資材を指さして言う。

「一番奥にあるのが…実は、grafが作ったんじゃないんですが。
ハワイ。ハワイの資材で、
その手前にあるのが去年ここ(煉瓦倉庫)でやってた、弘前。
奥がTaipei Summer Houseで、これは台湾のタイペイで集めたものばかりです。
これは大阪のhome展。ここが横浜トリエンナーレ。
この辺(の資材)が韓国のSeoul Houseで、ロダンギャラリーの
ロダンの作品が見える造りになってる。」

そこには、本当に「世界中から」、奈良美智+grafが
今まで制作してきた小屋達が集まっていた。
行きたくていけなかった、ソウルハウス!
『Fiction Love』展のタイペイ・サマーハウス!
横浜美術館にホノルル現代美術館!
大阪home展!!
KATHY+grafの、炎のメリーゴーラウンド!!

一瞬だけ、全てが立ち並んだ夢の街が錯覚で見えた。
本当に全てが集まってきてたのだ。

豊嶋さん
「これは、金津創作の森でAILAっていう川内倫子さんの
写真展の展示用に、古い布をつぎはぎして作ったテントで、
ここでゲスト・アーティストとして
川内倫子さんやヤノベケンジ君、……さん、……さん、
杉戸洋さんにも、作品を展示してもらおうと思ってます。
資材には全部番号がふってあって、
いつでも元に戻せるようになっている。
明日(3月10日)また、タイから資材
(『束の間の美術館ソイサバーイ』展の小屋)が搬入されます。」

世界中からこの一点に。青森県弘前市の、
吉井酒造煉瓦倉庫を目指して解体された作品が集まり、
また建てられるのを待っている。
この後、我々は今まで展覧会で足を踏み入れることのなかった
煉瓦倉庫の二階へと案内された。
ここでのことは、全てが秘密だ。
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今年の夏、全ての秘密が解き明かされる。
弘前の倉庫の巨大な空間に、夢の街ができあがる。
夏になれば、
その街角に迷い込んだ私はその世界を見上げ、
懐かしい匂いを嗅ぐのだろう。

夢の中で見たその街が
現れる日はあと、数ヶ月先である。
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(写真=AtoZ実行委員会 長谷川正之 文=山田スイッチ)
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# by AtoZ_reporter | 2006-03-14 18:53 | ☆イベント・リポート
2/25、AtoZ公式記者発表リポート
記:2006年2月25日(土)16:00〜17:00 @A to Z cafe 東京・表参道

 都内では初めて開かれた公式記者発表会。会場はA to Z cafe。A to Z Projectを発信するのにこれほどぴったりの場所は他にない。奈良+grafの創ってきたもの、目指している世界がそこにあるのだから。

 A to Z cafeは、とあるトークの席で奈良と豊嶋が「東京にカフェのようなかたちで小屋ができたらいいなあ」と話していたのを、オーナーのrav co., ltdが聞き、実現に至ったという。中央には小屋が建てられ、中に奈良のドローイング部屋が。タイから戻ってきたばかりの新作も展示されている。椅子やテーブルは中古品でさまざまなものを集めてきたという。てるてる坊主が下げられていたり、部屋全体がフレンドリーな雰囲気に包まれている。

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記者発表には大勢の関係者が来場。


 メジャーな全国紙の記者を含め、40名近いプレス関係者を迎えて発表会は始まった。
まず実行委員会の大川会長のあいさつとプロジェクトの説明。

「展覧会というよりプロジェクトであり、プロセスが大事」という言葉が印象的だ。作品を一定期間展示して終わり、というのではない。場を作るところから始まり、大勢の人が関わって、アーティストたちと一緒に、A to Zという街並みを作るという、従来の「展覧会」の概念からはみ出したプロジェクトであることがよくわかる。

 2003年12月から始まった奈良美智とgrafのコラボレーションがこの7月29日に結実する。その舞台を我々みんなで作っているのだという自負と、静かな高揚感が伝わってきた。
 ただ、出資金はどのくらい集まっているのか?との質問に、300万円という答えだったのが、資金集めの出足が鈍いようで気になった。

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A to Z企画について語る広報担当の原久子さん。その左が大川会長と小杉副委員長。


 続いて広報担当の原さんから、A to Z cafeのメニューを兼ねたA to Z journal vol.1が紹介される。世界地図の中にマークされた、A to Z Projectの足跡を見ると、そうか、このプロジェクトは旅でもあるんだ、と思う。

 次に東北新社制作のドキュメントDVDテスト版が流される。
 東北新社はA to Z Projectをずっと追いかけている。映画「NARA」として今年秋から上映される予定だという(先行上映は青森県立美術館にて)。アーティストのドキュメント映画は数多くあるが、単にアーティストの創作というのではないA to Zがどのように記録され、映画化されるのか非常に楽しみである。
 さて今回上映されたテスト版では奈良とgrafの豊嶋が熱い思いを語っている。
奈良「自分を見失わないように」
豊嶋「命かけてる」
 彼らの言葉に、いやが上にも高まる期待。同じ吉井酒造煉瓦倉庫で開催された奈良の展覧会<I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME.>(2002年)と<From the Depth of My Drawer>(2005年)の様子もフィーチャーされている。弘前にふたたび、そして新たに結集する同志たちがこれから迎える日々に、思いを馳せる。

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熱く語る奈良(右)と豊嶋両氏。


 そして主役の奈良、grafの豊嶋にマイクが渡される。
 まず、奈良とgrafの出会いからスタートしたプロジェクトの経緯、そして構想について(具体的なことはこれから決まっていくようだが)、2人それぞれの視点から語られた。(*2人の発言部分についてはひとつ前のエントリでの再録をご覧ください。)

 奈良はスライドショウのように、画像をいろいろ見せてくれた。中には7月13日に開館する青森県立美術館の常設展示作品「あおもり犬」(高さ9メートル弱)もあった。

 短い時間の中、簡潔だが、飾らない言葉で真摯に語るふたりを見ていると、A to Zというプロジェクトが始まったのは必然だったように思えてきた。いわば学園祭のノリで、みんなでいい汗かこうという青春物語。実際には三十代、四十代の彼らが学園祭?青春物語?と思う人もいるかもしれない。でもそれをあえて「命がけで」やるからこそ、大勢の人たちの心を動かすことができるのではないだろうか。
 アーティストたちの「夢」から始まったプロジェクトが、みんなの「夢」になっていく。この記者発表会もそのプロセスのひとつ。「完成図がイメージしづらいからこそ僕らも楽しみ」という言葉に、このプロジェクトが前例のないものだということを実感する。それはプレス関係者たちにも、じゅうぶんに伝わったと思う。

 記者発表会終了後は、奈良と豊嶋がcafeの中の小屋の前と中でポーズをとりフォトセッション。

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ふたりは小屋の中です。


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カフェの小屋もどんどん展示が変わります。タイ小屋からやってきた大作も床に設置。


 そして18時からはA to Z cafeのオープニングパーティーが始まった。
どんどん集まってくる人、人、人…。21時くらいから、奈良DJによるスライドショウが始まる。各地のA to Z Projectオープニングで披露されてきたスライドショウだが、少しバージョンアップ(?)されている。最新のプロジェクト、タイでの展覧会の様子も映されて興味深い。夜が更けるごとにヒートアップし、奈良によるDJも夜明け近くまで続いたという。
 春の訪れとともに、A to Z集大成に向けて、熱い日々が始まった。
(文=児島やよい)

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続くパーティに詰めかけたお客様方。すごい数!

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タイ、ロンドンと連戦で小屋づくりに励んできた制作チームの皆さん。左からDr.、コニタン、青やんの三氏。

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アーティストの福井篤さん(左)と川島秀明さんもご来場。

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A to Zにも参加する写真家、川内倫子さん。

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奈良さんとはコラボレーション・ペインティングもしたアーティストの杉戸洋さんが駆けつけました。

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ファンの方がカフェのためにAからZまでのパッチワーク・クッションを手作りしてくださいました!右が作者の方です。

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奈良Tを着た小さなギャルズもご来場。
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ノリノリの奈良VJ&DJで、会場は大盛り上がりでした!
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表参道ヒルズで発売中の奈良design「グミガール」のパッケージをかぶったご機嫌なファンの方を発見(笑)。
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# by AtoZ_reporter | 2006-03-13 14:38 | ☆A to Z cafe情報
2/25、A to Z cafe記者発表でのアーティスト・トーク全再録!
2月25日、A to Z cafeのオープンを記念し、記者発表が開催されました。
A to Z実行委員会からの「A to Z」展企画説明に続けて、カフェの会場プロデュースを行った奈良美智さんgrafの豊嶋秀樹さんによるトーク・ショウが行われました。
壮大なA to Z計画の発端と経緯、そして目指す方向性が存分に語られた充実の内容を再録いたします。

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息の合ったコラボレーションを続けている奈良美智(右)と豊嶋秀樹の両氏。


■A to Zへ至るまでの道のり

奈良美智
 このA toZ構想というのは、実はたいそうなコンセプトがあって始めたわけじゃなくて、ほんのたわいない話から始まったものなんです。
 最初に僕と豊嶋君が出会って、大阪のgrafのgmで<S.M.L.>っていう展覧会をしたんです。ただ展覧会をするんじゃなくて、なにか一緒にできないかというので、じゃあ、小屋を3つつくろうと。grafはもともと家具が有名だけど、隣に工房があって、材木でいろいろできるんですよ。で、こんな感じに大中小の小屋をつくりたいって、簡単な図を描いたんですね。「こんな感じです」って(笑)子供が描いたみたいに、ミリとかセンチとか関係ない、こんな感じっていう図をgrafに渡して、作業がはじまって、「奈良さんはこういう風に指示したけど、ここはこういうほうがいいんじゃないか」というようなやりとりがあって。それを聞いて、なるほどなあと。それはまったく自分が気づかなかったことで、自分のやりたいことにさらにプラスになることでした。そんな感じで、小屋ができあがって。それが一番最初の僕たちのコラボレーション。
 次に横浜美術館の写真のグループ展<ノンセクト・ラディカル>に招待されて、アフガニスタンで撮った写真を出して欲しいと言われたのですが、僕は本格的に写真を勉強したこともなくて、ずっと趣味でやってきて、それを見せることになってすごい不安を感じていました。じゃあ、自分が撮っていたときの状況を再現すればいいんだと思ったときに、そうだ、grafに小屋をつくってもらおうと。そのときも、廃材を使いました。それは中には入れないようにして、アフガニスタンの絨毯を敷いて、見る人は窓の外からしか見られない。それによって、僕はアフガニスタンで生まれ育ったわけではない、旅行者でしかない視線をつくりだそうとしたんです。
 その頃、台湾からも展覧会のオファーが来ていて、制作が間に合わずにいたので断ろうとしていたんですが、grafと組んでならできると思って・・・。

豊嶋秀樹
 それで話をしていた二週間後ぐらいに、実際に台湾に行って、材料は現地で手に入るものをどう上手く使ってつくるかと。台湾ではフォークリフトで荷物を運ぶ時に使うパレットの使い古されたのが、山のようにたまってる空き地があって、それを使って小屋をつくりました。

奈良
 その頃から現地のボランティアという人たちとの関わりも始まりました。そのときにはじめて、こういうのをずっとやっていきたいと思った。いままでいろんな美術館やギャラリーで展覧会をしてきましたけど、そこで関わるプロの人たちのなかには、本当にそれをやりたくて、僕の展覧会の仕事をしているのかというとそうじゃない人達もいる。でもこっちはその場所で一生懸命やるわけで、時間になると、「じゃあ」って帰っていく人たちを見て、なんか不思議な、変な気持ちになったんです。上手く言えないけど。それが、ボランティアの人達と会って、彼らは、本業があって、限られた時間しかできない。プロの人達より短い時間かもしれない。でも、無償でつくりあげたい。そういう台湾の人たちと出会って、その楽しみみたいな、同じやる気をもった人たちとつくり上げる、それを完成したときの喜びというのが、ただ単に、いい作品ができたとか、いいものができたとかじゃない、大きなものだった。それは他の人にはわからない、自分たちしかわからない、もしかしてちっぽけな世界だけで完結しているものかもしれない。でも、どうせいつか死んじゃうんだから、その前に、そういう思いをたくさんして死にたいなあって(笑)。
 もともと<S.M.L.>の時も、初めて出会った豊嶋君と、毎晩仕事が終わって、ビールを飲みながら、あーでもない、こーでもないって、全然美術と関係ないくだらない話をしていて、「AとかBとかZとかつくったらいいんじゃない?」って言ってたんですよ。それが台北あたりから、急に現実味をおびてきて、もしかしたらできるんじゃないかと思い始めた。それは、2002年に弘前でやった展覧会<I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME.>のことがあったから。そのときもボランティアの人たちが参加してくれて、ほんとにやりたい人だけが集まってできた。これが組み合わさったら、ほんとにできるんじゃないかって、思ったんですよ。

■A to Z展の構想とは?

奈良
 構想自体は、はっきりとは決まってないです。ただ、自分の脳味噌の中の全てを出したい。A to Zという街並みをつくるんですが、それが自分の脳味噌の皺と皺の間の路地みたいになってて、あるところは本当に幼少の思い出で固められた、初期の作品が並んだり、あるいはそれをつくっていたときの環境があったり、LPレコードジャケットだけで壁が覆われた部屋とか、作品自体が生まれた環境を、言葉じゃなくて、もので見せたい。もちろん、小屋の大きさは全部違うだろうし、もしかしたら入口が小さいものもあるだろうし、檻みたいになってるものもあるだろうし、いろいろ考えています。そのなかで、自分が出会ってきた友達というか、アーティストたち、写真家や彫刻家とか、彼らの作品もそれぞれの僕の考える小屋みたいなものを、豊嶋君と話し合って、展示空間をつくっていきたい。すごく漠然としてて、絶対イメージしづらいと思う。でも、イメージしづらいから、何が出来るか、僕らは楽しみなんです。

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語る豊嶋氏。この後、奈良ファンとして知られる大物ハリウッド・スターが来場するという嬉しいハプニングが!!


豊嶋
 grafそのものがまず、コラボレーションから始まっていて、全員がものをつくるうえで興味をもてるものをつくっている。音楽も、デザインもアートも食べるものも好きだし、生活というものを楽しみたい、扱いたいんだ、ということに気づいたんです。アートというのは、僕のなかでは、生活から切り離された非日常のものというよりは、それをとおりぬけて、また日常がさらに楽しくなると言うか、豊かになる、そういう返ってくるような、円を描いているようなものとして受け止めたいなと思っているんですけど、A to Zは、まさにそういうものとしてあります。こういう小屋って、どこかに行ったらあるかもしれないし、似たやつもあるかもしれない。でも、実際に人がそこに入ったり、座ったりすることで、それぞれの人の経験とか、物語とか、記憶とかが、またわきあがってきて、新しい物語がそこから生まれてくるような、舞台みたいなイメージでつくっています。
 僕らがつくり終わった時点というのは、まだまだ住人のいない家みたいな、そういう感じなんですけど、だいたい出来上がるかなっていうところで奈良さんが入ってきて、実際ここのように、ばーと展示していく。そうするといきなり賑やかになってきて、その街に急に電気もついて、血が通ってくる。住人の色とか匂いとか出てくる。今までは、単体の家をつくっていって、そこに奈良さんの物語が流れたりするんですけど、A to Zの場合、もう少し大きくて、この家を建てようじゃなくて、街をつくろうという勢いなんで、もっともっといろんな物語が流れる場所になるんじゃないかなと予想します。それは当然、奈良さんの世界の物語は、主軸にはなってるかもしれないけど、そこにかかわってもらえるアーティストの物語であったり、grafの物語であったり、一緒に参加してもらったボランティア・スタッフたちの物語であったり、見に来てくれた人たちの物語であったり、そういういろんな人の物語を受け入れて作りだしていけるような街になるんじゃないかなというふうに予想しています。
 それも僕の視点から見ると、grafというのは大きな意味で環境だと言っているんですけど、A to Zという街に行ってみて、また自分の住んでいる街に、東京や大阪とか弘前とか、自分の日常生活に戻ったときにそれがまたより素敵に思えるような街になればいいなと思っています。
 あと、奈良さんとのコラボレーションについて。grafがひとつのコラボレーションみたいなものなので、仮にgraf村みたいなものがあったとして、そこでみんながものをつくっているんですけど、そこに奈良さんが来て一緒にものをつくろう、という感じです。最近コラボレーションみたいなものがすごく話題になっていますけど、僕たちは新しいことをやっている気がしなくて、どちらかといえば、古い、村社会のやり方みたいに思っています。今は都会のオフィスビルの中では細分化された仕事、分業がなされていると思うんですけど、田舎のほうだと、火事があったらみんなで火を消さないといけないし、台風がきたらみんなで守らないといけない。たぶん、生きていくための術みたいなものがあって、新しいことというよりも、昔からやってきたことを普通に今やってるというふうにしか思ってないです。

■A to Z cafeの空間づくり

豊嶋
 奈良さんと僕がとあるトークの席で、東京にカフェみたいな形で小屋ができたらいいなあと話していたら、それに興味をもってくれたravさんと一緒にカフェをやることになりました。基本的にお店として営業しています。参加していた横浜トリエンナーレ2005が終わった時期に設営が開始になったので、結構そこから材料をもらってきています。自分たちの小屋の材料じゃなくて、他の人たちの展示ブースで使っていた材料が大量のゴミになっていたので、それをはがしてもらってきたりとか。それと、ここのカフェの小屋は古びた小屋になっていますが、ある知人の方の実家が近所にあって、タイミングよく取り壊しになったので、自分たちで行って、解体して、窓ガラスとか通風口とか、外壁材とかもらってきてつくってます。人が本当に住んでいた家の材料をもらってきたんです。使っている場所は全然違うけれどね。
 カフェであるということと、美術館との違いは、僕的には違いは全然なくて、grafでレストランをつくったときに思ったことがあるんですけど、レストランもひとつの環境をつくって、パフォーマンスのようにシェフが料理をつくって、社会参加型みたいにお客さんがご飯を食べる。そこでいい会話をしたりとか、その時間を楽しむってことって、僕らがつくっている作品とすごい似通っているなあと思ったことがあった。カフェにあるほうがより生活に近いところで体験できるから、本当はこっちのほうがいいのかなと思ったり。
 お店で使われている家具も新品じゃありません。いろいろなところから実は入手していて、ひとつは奈良さんが今住んでいる家の近くにお店があって、そこがいい感じだったのでいくつか買ったりとか、grafの小屋を一緒に手伝ってもらっている青やんというメンバーの、昔の友達が実は家具屋をやっていて、そこからいくつか買ったり。昔僕が家具の修理のアルバイトをしたことがあるんですけど、そこから買ったものとか、ここの家の部品をもらいにいったとき、一緒に家具をもらってきたりとか、そのへんで拾ってきたりとか。grafの家具は少しだけありますが、中古の、ユーズドgrafをわざわざ集めました。結構それが大変だったんですが、方々で使われている家具を新しいのと交換してもらって、こっちにもってきました。

■それぞれにとってのA to Z

記者からの質問がありました。プロモーション映像中で出てきた「自分を見失わないように」という奈良さんの発言の意味について。

奈良
 人間って誰でもそうだと思うんですけど、心の中に、どうしてもこれだけはひけないっていう強いところと、どうしてもひかれちゃうっていう弱いところとふたつあると思うんですよ。たとえば今回、東北新社さんが記録映像を撮っていますが、いままでそういう依頼は全部断っていました。なぜかというと、自分の目的は被写体になることじゃないから。今回ひきうけたのは、これが共同体的なものだから。自分の仕事をする自分と、一人間としてテレビに出たいとか、メディアに載ってみたいという子供のような自分がいるんですよ。知名度が出るにつれて、取材がかならずあって、みんなきてくれる。作品が評価されるにつれて、それが普通みたいに感じられて、正直に言うと、こんなにがんばったのに記事が全然のらないなと思う自分もいる。でも最初のころは、ほんの5行くらい記事が載っただけで5冊くらい買っちゃう自分がいた。そういうことを忘れちゃいけないと。いつも普通に電車に乗って暮らしてるけど、普段の生活ができなくなったら、才能が枯れちゃうんじゃないか、っていう不安です。いつも豊嶋君とも最終的に酔っぱらってベロベロになって出る言葉は、初心。どんなに汚れていっても、初心さえもっていれば、ちょっと磨けばまた光るんじゃないか。自分で汚れを払いのけられなくても、払ってくれる友人やボランティアの人たちがいる。でも、一緒につくってる人たちに流されてもいけないと思うんですよ。感謝してるし、一緒につくりあげようと思っているけど、お願いしてやるものでもないし、ありがとうといってるけど、お互いにつくり上げるんだから、ありがとうというのはお互いに言う言葉で、きっと本当は、見にきた一般のオーディエンスがありがとうって言ってくれたら、きっと成功なんだろうな。・・・というような普通の意味です。
 ちなみに、横浜トリエンナーレ2005では、武蔵美の彫刻科の学生に頼んでボランティアを募集したんです。いろんな美大を回って募集しようとしたら、最初に訪ねた武蔵美で充分確保できました。そうそう、昔から大学の先生をやってほしいと言われていて、断ってたんだけれど、4月から1年間だけ、武蔵美の彫刻科をやることにしました。みんなへの感謝の気持ちを込めて。僕は絵を勉強した人間なので変な授業になると思うけど、メインは絵画っていう逃げ道があると思うとやれるかと思います。でも、A to Zは逃げ道がない。さっき豊嶋君が映像の中で「命がけで」って言ったけれど、僕はそこまで言わなくてよかった(笑)でも内心は、命がけで。
 A to Zが上手くいったら、あとは家財道具一式全部うっぱらって……あ、じつはこないだ、あまりgrafにお世話になってるなと思って、grafの家具を買ったんだった(笑)。でも、それぐらいの意気込みで、がんばります!

fin.
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# by AtoZ_reporter | 2006-03-13 13:57 | ☆A to Z cafe情報




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